末岡よしのり365日ブログ 61/365 夢に予算を 2/10
ブログ挑戦 61/365
夢に予算を 2/10
☆ 生活費というノルマ
☆ 夢を具体的に書いてみる
☆ 偉大、凄くなくても夢は夢
☆ 本心、本音が本当の夢
☆ 3年で夢は叶う
28歳若干ニート気味であった。転職9回繰り返して、職業をフラフラしていた。天職を探していたがなかった。何が天職かもよくわからないでいた。安定の公務員が良いのか、経験のある不動産業界がよいのか、実際にはどちらもあまり興味がなかった。【働きたくなかった】。仕事に対して消極的であった。どうせ嫌な奴は必ずいるし、嫌な仕事も必ずあるし、嫌なルールも必ずあるし、できることなら避けたかった。かなりの怠け者体質であった。
一方で、長男が産まれて可愛がっていた。公園とかによく行った。自分の子供は可愛い。妻と3人暮らしだ。質素であるが、幸せだ。住居は新しめの分譲マンションの1室を買い住んだ。任意売却で購入し、手頃な価格で購入できた。もし、仕事をせずに、幸せな生活が出来たらなんて素晴らしいのだろうか?と真剣に考えた。しかし、当時の僕の頭の中には、答えはなかった。時間が経つたびに、貯金が減り、【生活費というノルマ】がだんだんと僕を攻めてきた。早く働かないといけないよ!と言われているかのように。
僕の怠け者生活は2年で終了した。貯金が底をつきそうなので、消去法で仕事を選ぶことにした。月額給与は30万円くらい、ノルマ無し、不動産業界、土曜日曜日は休み、売り上げ単価の高い仕事、賞与は年に2回以上、で探していった。相変わらず仕事はしたくない性質だ。なんとか内定をもらった。しかし、日本全国に転勤があるが、いたしかたなく甘んじた。札幌新規出店メンバーで採用された。だが、いきなり福岡支店配属となり、単身赴任となった。3人家族は一時的にお別れとなった。
その会社は不動産投資の開発会社で、土地の仕入れ業務担当となった。土地を買い、アパートを建て、投資家に販売する仕事だ。いくらで土地を買うか?プランをどう入れるか?家賃をいくらで設定するか?長期的に入居は見込めるか?駐車場台数は適切か?建物デザインはどうするか?を考える仕事だ。アパートの勉強をたくさんした。当時はサラリーマン大家さんが流行り始めた頃であった。不動産投資の書籍もちらほら出始めた頃だ。その時に、ロバートキヨサキの『金持ち父さん、貧乏父さん』に出会った。30歳だった。
金持ち父さん貧乏父さんの内容は、こう買いてあった。金持ちは起業家と投資家だ。あっ!アパート経営者か!
アパートオーナーか!社長か!そして書籍の中で、セールスをおススメしていた。経営者の基礎であると。それから僕は、【夢に予算をつけてみた】。
偉大な夢ではないし、凄い夢ではなかったが僕の家族が幸せになるには、充分な夢であった。なかなか報われない日々が続いていた。
30歳、僕の夢
1 嫌な奴と仕事しない
2 嫌な仕事はしない
3 嫌なルールに従わない、無縁となる
4 家族が幸せな時間をたっぷりとる
5 家族や自分が豊かさを感じる充分なお金を稼ぐ
6 自分で勤務地、住む場所を決める
7 金持ち父さんになる。
そして、この条件を満たす為に、
いくら必要かを考えてみた。予算をたてた。
未来が変わり始めた。
1 年収2000万円以上必要だ
家族、自分の豊かさの最低限だと感じた年収
2 就職という選択肢は不要だ
就職すると、嫌な奴、嫌な仕事、嫌なルールから
免れない。収入の上限がある。
3 起業できる能力、資金、人脈が必要だ
当時は起業の準備がされていなかった
起業という博打にはしたくなかった
4 余裕資金は常に2000万円は必要だ
資金に余裕があると、差し迫った選択をしなくて
すむ。嫌な選択肢を選ぶ必要性がなくなる
5 不労所得を2000万円以上必要だ
なるべくなら仕事をしたくない。
怠け者体質だ。
それから31歳の1月に転職した。地元北海道でセールスの仕事で、年収2000万円の先輩がいるとのこと。アパートの建設営業だ。営業には自信があった。賃貸営業でトップセールスの実践がある。アパートにも自信があった。たくさんアパートを書籍や実務で勉強してきた。北海道札幌も自信があった。ロバートキヨサキはセールスは経営者、起業家の基礎だと言っていた。その話しを聞いてから、退職をもうしいれ、2ヶ月後には引越して、北海道に戻った。それから、1年後、トップセールスとなり、
年収2000万円となり、預金2000万円を超え、2年後アパートオーナーとなり、起業し会社を興した。僕の夢は
わずか2年、3年で完全に叶った。夢に予算をつけたからだ。
☆ 生活費というノルマ
☆ 夢を具体的に書いてみる
☆ 偉大、凄くなくても夢は夢
☆ 本心、本音を夢にする
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